lecteur < > liseur / book selection × Rikuto Fujimoto × 2026.09.07

the book selection by Rikuto Fujimoto

 

 

ammelでセレクトした音楽。それらを創ったアーティストの方々に、選書をして頂く企画です。(今回はまだレコードの取り扱いがammelにはございませんが、より広く知って頂きたいため先行しての選書ということをご理解くださいませ)

第九弾は、作曲家・ピアニスト・サウンドアーティストの藤本陸斗です。

京都出身であり、東京藝術大学卒業後にはロンドンでも活動の幅を広げた彼の纏う空気感と作り出す世界観には、聴覚から五感全てに繋がる感覚を想起されます。そんな彼に選んで頂いたのは次の本でした。

 

堀江敏幸 著『雪沼とその周辺』

 

 

ー堀江敏幸の「雪沼とその周辺」とはどのように出会いましたか?短編集であり、全体では群像劇の形式になっておりますが、この本のどこに惹かれましたか?特に好きな章や、描写などあればお聞きしたいです。


「『雪沼とその周辺』は高校生のころ、表紙になっている三谷龍二さんの作品写真に惹かれて手に取った一冊です。それぞれの章は独立していて、雪沼という架空の街とその周辺での人々の営みや人生が淡々と語られていきます。しかし全体を読み終えた時、街そのものが一つの像としてじんわりと浮かび上がってくる。その読後感がすごく印象的で、何か一つの音楽アルバムを通して聴いた感覚とどこか似ているなと感じます。」

「例えば第4章『河岸段丘』の畳み掛けるような結びから、勢いづいた読み手の目線は、次の『送り火』に傾れ込んだ途端に緩められます。短編集でありながら全体を通した構成も魅力的で、心地よい没入感があります。なかでも特に好きなのは『スタンス・ドット』の章で、『おおきな空気の塊になってこちら側へ匍匐してくる』『たち騒ぐ沈黙のざわめきのなかで身体を凝固させた彼』などの時折出てくる詩的な描写には、はっとさせられます。」

 

 ー三谷龍二の作品を介してこの本と出会ったのですね。調べてみると三谷龍二の作品は堀江敏幸の他の本や伊坂幸太郎の本の装丁などにも使われていました。高校生の頃というと作曲の道を進むことに決めた時期と思うのですが、三谷龍二は当時既にご存知の作家だったのですか?

 

「三谷龍二さんのことは、『雪沼とその周辺』を読むまで知りませんでした。高校生のころは音の印象だけでなく、佇まいや間、手触りのようなものに敏感だったと記憶しているのですが、三谷さんの表紙写真には、説明しにくい静かな緊張感があって、まずそこに引き寄せられました。」

「読んだあとでその感覚が強まって、装丁を手がかりに三谷さんの作品が関わっている本を探すようになりました。伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』や『3652なども、そうして手に取った一冊です。いま振り返ると、音楽でも「ジャケットの印象からアルバムを聴いてみる」ことがあるように、当時の自分にとって装丁は内容への入り口であり、作品と出会うための大事な導線だったのだと思います。」

 

ー確かに、いわゆるジャケ買いという現象は音楽のアルバムに限らず、本でも起きますね。

ー本を読む習慣はもともとありましたか?また、Art Plaza Timesのインタビュー(2024/5)で、音楽制作に関しての質問に対して「なにか具体的な物や事からインスピレーションを受けるというよりも、日常的に蓄積されているものからアウトプットしています。テーマを設定している時もありますが、基本的には自分の感情や感覚を投影していて、今は自分の手が届くところ、自分の目で見渡せる範囲でやっているという感覚があります。」とありました。その中で、本の世界が音楽制作に影響を与えたことはありましたか?

 

 「本を月に何冊も読む習慣はないのですが、文庫本を持ち運び、移動の時に読んでいます。僕が住んでいるロンドンでは、地下鉄などで通信が途切れることも多いので、必然的に本を持ち歩くようになった、と言う表現の方が正しいかもしれません。」

「本の世界から受けている影響は確かにあると思うのですが、具体的な経験やエピソードとなると、すぐには思い浮かびません。引用していただいたインタビューの「日常的に蓄積されているもの」の中には、読書の影響も含まれていて、意識しない形で潜んでいると思っています。本から立ち上がってくる風景や、読書を通して受ける内面的な刺激は、いつの間にか蓄積され、ものの見方や表現の基調を緩やかに形づくっています。」

 

 藤本さんの音楽を聴いていると、お言葉を借りるのであれば『雪沼とその周辺』の読後感と同じように、情景がじんわりと浮かび上がってくるような気がします。音楽を聴いて本の言葉を思い浮かべるような、聴覚から視覚への変換と言いますか

ーDistant Landscapesでは記憶をコンセプトに、藤本さんに蓄積されたものが発露した形になっていると思います。そして、ロンドンの地下鉄が通信を断つことで日常がほんの少し変わったように、いま現在の活動の場で、音楽やアートの制作、意識に何か変化はありましたか?

 

「確実に意識の変化はあり、いまも少しずつ更新されていると感じています。それは自分自身が大きく変化したというよりも、新しい環境のなかで、何に注意を向け、どこに身を置くのかという感覚が変わってきた、というほうが近いかもしれません。どのように順応するのか、あるいはどこまで自分を保つのかを日々考えるなかで、これまで無意識に通り過ぎていた音や風景、時間の流れに、以前よりも敏感になっている実感があります。不慣れな土地で生活することで、当たり前だった感覚が一度解体され、日常の細部がよりビビッドに立ち上がってくるようになりました。」

「音楽制作においても、その変化は表れていると思います。そうした体験のすべてがすぐに作品になるわけではありませんが、環境のなかで感じ取ったものが確実に内側に蓄積され、結果として音の選び方や時間の使い方、構成への向き合い方に影響を与えています。『Distant Landscapes、そうした蓄積が意識的な操作以前に、自然と音楽として現れてきた作品だと思っています。」


ー音楽から藤本さんの世界観に入り込んだ身としては次回のシングルやアルバムなども非常に気になるところですが、今の時点(2026.02)で構想などはありますか?あれば可能な範囲で教えていただけると幸いです。

 

「次回の作品は、現実と夢の狭間を縫うような、内省的なアンビエント作品になる予定です。特に前作以降、どのように自身の声と向き合うのかについて時間を費やしており、今回は意味を持った歌詞を伴いながらも、声を空間として扱うことを模索しています。」

「景色が立ち上がってくる音楽というイメージだった前作に対して、次作は、景色の前にある気配のようなものを聴くイメージです。お届けできるのを、今から楽しみにしています。」

 

ー コンセプトを聞くだけでも、現在の藤本さんのフィルターを通した音楽がどうなるか、今からワクワクします!

 

店頭でグラシン紙で包まれ、文字の陰翳を朧げに映し出している本がありましたら

是非手に取ってみてください。そして、どんな人が選書したのかお気軽にお尋ねください。

その本を大切に想ったり、その本から人生に影響を受けた人の創った音楽が、

ammelにはあります。

 

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